研究テーマの内容、研究活動
観光という用語を聞くと、真っ先に浮かぶのはどのような情景でしょうか。観光をする側にとって、観光は楽しい経験、つまり娯楽となることが期待されます。一方で、つい忘れがちになるのは、世界の多くの観光地は住民がいて日常生活をおくる場であるということです。
私はこれまでインドネシア随一の国際観光地であるバリ島において、人類学の立場からフィールドワークを行い、観光開発に対する地域社会側の考え方や対応について考察してきました。そのための題材として焦点を当ててきたのが、地元の環境NGOによる住民主体型観光(Community-based Tourism)プロジェクトです。1990年代以降、観光開発は環境破壊や伝統文化の破壊の引き金になるとして、グローバルなレベルで問題視されるようになりました。最近では、「観光公害」ということばを耳にしたことがある方もいらっしゃるでしょう。バリ社会もゴミ問題といった環境問題や急激な社会変容に直面しています。このような観光の負の影響を乗り越えるための手段として、国際機関やNGOを中心に提唱されるようになったのが、住民主体型観光です。私はこの動きに注目し、バリを事例に、グローバルなレベルで推進される住民主体型観光が、地域社会というレベルでどのように導入され、マネジメントされているのかを詳しく研究していくことで、観光開発に伴う問題を解決する糸口を探っています。
研究テーマの意義・面白さ
グローバリゼーションと密接に結びつきながら発展している観光は、現代社会を映し出す鏡とよくいわれます。グローバルな現象である一方で、観光の重要なアトラクションとなるのは、地域の文化です。つまり、ある地域の内部で共有されてきた文化は、観光という現象の拡大によって、観光のために利用され、そして消費されるようになっているといえます。
企業や国家が中心となるマスツーリズム(大衆観光)では、地域住民が主体的に観光にかかわる機会はあまりありません。対照的に、住民主体型観光は、その名の通り地域の人たちが観光のあり方のデザイン(民泊や地域に暮らす人びとによるガイドツアーなど)に大きな役割を果たします。目まぐるしく変化する時代のなかで、地域の人びとが自分たちの文化をどのように考え、他者に見せようとしているのか――住民主体型観光はこれを理解するための格好のレンズとなります。このように文化をめぐるダイナミックな動きを捉えることができる点が、観光を人類学の視座から研究することの面白さだと考えています。