研究テーマの内容、研究活動
中世ヨーロッパ、とくにフランスのプロヴァンス地方の都市において人々が行った、カトリック教会への財産の贈与や、贈られた財産が教会によってどう維持、管理されたのかについて研究しています。贈与の動機は多くの場合、自分や家族の死後の葬儀や、お墓はこんな風にしてほしいとか、定期的に供養(ミサやお祈り)をしてほしいという希望があり、その費用とお礼のためです。この習慣は、生前に犯した罪の重さを教会への寄付や、残された家族による供養によって軽減し、死後の魂が安らかに天国に行けるようにという願望に基づいていました。受け取った教会の側は、管理をきちんと行い、とくに長い年月のあいだに贈与の目的が曖昧になったり、価値が目減りしたりしないよう配慮する必要がありました。受け取った収入は今でいう社会福祉やインフラ整備に使われる場合もあります。
信者の書いた遺言書や、教会で財産管理のために作られた書類が古文書として残されています。その内容を解読し分析します。私が専攻する中世末期の14世紀、15世紀には、贈与は貨幣や物ではなく、農地や家屋など不動産から定期的に上がってくる収益を受け取る形態です。ですからヨーロッパ中世の土地管理のシステムを理解していることが必要です。
現代の社会で行われる寄付や基金(ファンド)の設立なども、実は一見、現代とは程遠い時代に見える中世のキリスト教社会の中で発達していったシステムなのです。
研究テーマの意義・面白さ
「宗教はお金に関わって堕落した」とみなさん教わってきたかもしれません。しかし、現代の大学や福祉施設につながる制度を最初に作ったのも中世のカトリック教会で、それを運営するにはお金も必要でした。
現代なら、土地の所有権や商売上の契約などの情報は、役所や「登記所」が保管してくれます。しかし、中世にはそんな施設は未発達だし、コピー機さえありませんから、文書が紛失して権利が永久にわからなくなるリスクも高かったのです。そんな時代、教会は血統の断絶の心配のない、この時代に唯一の永続性ある「法人組織」で、しかも当時は少数の、読み書きのできる人たちで構成されていました。財産のような社会生活の基盤になるような基本情報を教会に管理してもらうのは、純粋な宗教目的以外の点でも賢明だったのではないでしょうか。教会自身も、自分たちのそんな社会的役割を自覚していたように、私には見えます。