研究テーマの内容、研究活動
研究の柱の一つは、衣食住、すなわち生活文化からイギリス小説を考えるというものです。たとえば、私たちにとって室内とは「魂の博物館」だと、あるイタリア人英文学者は述べています。私たちは、日々、室内のモノを愛で、モノに見守られて暮らしています。そう考えると、室内は私たちが日々何かを感じ、考える場であり、様々なモノには部屋の所有者の魂が宿っているということができるでしょう。何を着るか、あるいは何を食べるか、など日常のディテールは、「生きる」という行為についても多くのことを語ってくれます。
共編者を務めた『<インテリア>で読むイギリス小説—空間の変容』と『<食>で読むイギリス小説—欲望の変容』(ミネルヴァ書房)では、衣食住の描写に注目することで、人間の生命の営みを見つめ、新たな角度からの小説の読みを提案しました。
生活文化への関心から発展して、人間と環境の関わりを探る環境文学についても考察を進めています。これは、生命についての新たな人文知として注目されている研究領域です。私自身の例で言えば、たとえば、2017年にノーベル文学賞を受賞した作家カズオ・イシグロの作品に繰り返し登場するゴミの意味について考える、19世紀前半に書かれた『フランケンシュタイン』の人造人間(クリーチャー)が明治時代の翻訳でどう描かれているかを探るなどの研究を展開しています。
研究テーマの意義・面白さ
ジェイン・オースティンは、約200年前のイギリスで、若い女性の恋愛と結婚を描いた作家として今も人気がありますが、環境文学という視点から作品を読むと、とても面白い発見があります。たとえば、ヒヤシンスの花をめぐる何気ない会話から、オースティンもまた、産業革命を背景として人間の文化と自然環境が乖離を始めようとしていた時代の申し子であることが明らかになるのです。そこには、「ありのままの自然」を愛する一方で、「ちょっとだけオシャレになりたい」若い女性の心理が鮮やかに描かれており、現代の私たちにも通じる葛藤があったことがわかるのです。
2019年秋にアメリカで開かれた国際学会で、オースティンの小説と同時代のゴシックロマンスを自然表象の観点から比較した研究を発表しましたが、ユニークな視点が評価を得て、その後、学会誌に論文が掲載されました。
今後も、自然と人間の共存のあり方について、いち早く産業化が進んだイギリスの近現代小説、さらに今日の英語圏文学について研究したいと考えています。