研究テーマの内容、研究活動
「恥ずかしい」という感情は、人間ならだれしもが持っています。しかし、人間以外の動物が羞恥心を示す様子を見ることはありません。なぜ、私たちはこのような感情を持っているのでしょうか。心の弱さの表れ?見栄や虚栄心の反映?そのように考える人もいます。しかし、私は人間が生きていくために、「羞恥心」は無くてはならないものと考えています。
ヒトは社会的動物と言われます。それは、ただ単に社会を作って生活しているというだけでなく、社会なしには生きられない動物という意味だと私は考えています。食料の確保、医療、科学技術、あるいは人と関係から得られる温もり..社会が提供してくれる多様な資源の上に私たちの日々の生活があります。しかし、これらを享受するために、個人はそれぞれ自分の「居場所」を確保する必要がありますが、人の役に立ち、信頼を得、不愉快な思いをさせないよう気を遣わねければなりません。面倒なことですが、それが社会的動物である人間の宿命と言えます。
そんな私たちにとって、「恥ずかしさ」は自分のイメージを守るための心強い味方です。周囲の評価や信用を失いかけた時、羞恥心は「恥ずかしい!」という警報を送ってくれます。とてもありふれた心の働きですが、この仕組みには、個人が社会に適応するためのいろいろな工夫が詰まっています。それを実験や調査によって丹念に洗い出していくことで、個人と社会との関係や人付き合いでストレスを抱えている人の心理が見えてくるわけです。
研究テーマの意義・面白さ
「恥ずかしい」については、「なぜ?」という疑問がいろいろ出てきます。たとえば、恥ずかしい時に示す表情には、下の動画のようにいろいろな種類があります。なぜ、このような多様性があるのでしょうか?実験や調査を行い、データをとって統計学的に分析していくと、状況に応じて異なる「言い訳」のメッセージを周囲の他者に伝えていることが分かってきます。「私がすべて悪いのです」「ほめ過ぎですよ」「見なかったことにして」…全面的な謝罪、過剰な期待の訂正、失敗のごまかしなど、状況に応じて人は無意識のうちにこの表情をうまく使い分けているようです。ありふれた光景の中に、このような法則を見つけた時には、「人の心はよくできているな」と思わず感動します。
羞恥心に関連する研究テーマは他にも多々あります。なぜ、最近、電車の中で化粧ができる人が増えたのか?といった「常識的な大人」の人たちの疑問に答える研究もしました。これは「恥ずかしさ」と社会規範という大きなテーマにつながる一つのトピックです。さらに、ファッションやダイエットなど、身体の見せ方にこだわる人々の心について、企業と共同で研究を進めています。「恥ずかしさ」というオタク的なテーマから出発しましたが、今は、いろいろな方向に興味の幅が広がっています。