聖心女子大学の奥行きを知る
研究者として横顔をご紹介するとともに、研究の意義や楽しさを語ってもらいました。聖心女子大学の魅力をより深く知るために役立てていただきたいと願っています。
研究テーマ | : | ヨーロッパの生涯学習政策とその効果、能動的市民性を育む教育内容・方法の国際比較研究、北欧諸国の子ども行政システム、ロシア・CIS諸国の教育改革 |
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著書 | : | 『揺れる世界の学力マップ』(明石書店、2009年、共編著)、 『教育改革の国際比較研究』(ミネルヴァ、2007年)、 『世界の学校』(学事出版、2006年)、 “New Society Models for a New Millennium; The Learning Society in Europe and Beyond”(Peter Lang, 2007), “International Handbook of Lifelong Learning”(Kluwer, 2001) |
『窓ぎわのトットちゃん』
(講談社文庫)
著者: 黒柳徹子
出版社:講談社
私自身が学生時代に読み、教育に関心を持つきっかけになった本。教育について学ぼうと思っている人は是非、読んで欲しい1冊です。このほか、スコットランドの寄宿制学校が舞台の『ハリー・ポッター』や主人公のローラが学校の先生になるアメリカの『大草原の小さな家』のシリーズなど小説の中に描かれている学校も教育の国際比較の視点から面白い題材だと思います。英語版と読み比べてみるのも勉強になると思います。
先生の編著書
『揺れる世界の学力マップ
( 未来への学力と日本の教育)』
出版社:明石書店
聖心女子大学に赴任するまで文部科学省の国立教育政策研究所に勤めていた澤野由紀子先生。大学時代は外国語学部でロシア語を専攻し、大学院では旧ソ連における社会主義体制下の教育システムを研究したというユニークなキャリアの持ち主だ。最初に就職した文部省(当時)では外国調査の仕事を担当するなかで、ベルリンの壁崩壊(1989年)やソ連邦消滅(1991年)に伴う教育の世界における東西の壁の崩壊の影響を間近に観察した。その後、分裂する旧ソ連地域に対し、地域統合を目指す欧州連合(EU)の生涯学習政策に関心をもち、現在に至る研究テーマとなっている。
「小学校2〜3年生の頃にアメリカで多国籍の子どもが通う小学校に通った経験から、諸外国への興味を常に持っていましたが、大学の時に比較教育学のゼミに入ったのが教育学の世界に入る直接のきっかけとなりました。当初は旧ソ連地域研究の一環として教育制度や教育課程に興味をもったわけですが、日本の教育改善や世界の平和構築に役立てることのできる学問としての比較教育学に魅力を感じ、研究者への道に進みました。」
教育現場の問題点というといじめや不登校などを想像しがちだが、澤野先生の問題意識はもっと幅広い学習環境全体に向けられている。
「学校教育における大きな問題点の一つは、伝統的な教育観や学力観が教育現場に根強く、社会の変化に対応した新しい教育・学習への転換が遅れがちになることです。」
日本では、詰め込み教育の批判から生まれた「ゆとり教育」や「総合的学習の時間」が、学力低下をもたらすとして見直しを迫られたが、こうした批判や揺れ戻しは、国内外の教育の歴史のなかに度々みられたことであるという。教育課程や教科書の国際比較研究にも取り組むなかで、日本では21世紀の知識基盤型社会に必要な新しい学力観についての理解と普及が立ち遅れているとも指摘する。
先生がロシアの章を担当した本
『世界の学校−教育制度から日常の学校風景まで』
出版社:学事出版
EU の新興国ラトビアの子どもたち
言うまでもなく「教育学」の範疇は学校教育にとどまらない。家庭教育、地域における社会教育、企業内教育、そしてこれらを包括し人生全体を貫く生涯学習など、あらゆる場面で「何をどう教え学ぶか」という教育学の根本原理が問われている。
「内閣府が行っている生涯学習についての世論調査では日本人の40%以上が生涯学習を実践しているという回答がありました。日本人の生涯学習への意識は国際的に見ても高いと言えますが、その中身は習い事や自己啓発など、言わば“個人の生きがいのための学び”がほとんど。もちろん、それも生涯学習の一つのあり方ですが、これからの日本に必要なのはそれぞれの学びの成果を活かす生涯学習によるまちづくりや地域開発で、公立学校がその中心的な役割を果たすことも大いに期待できます」
そう語る澤野先生が近年、力を入れているのは北欧のスウェーデンと日本における生涯学習の効果の比較で、両国の学習者へのインタビュー調査を行っている。福祉先進国として知られるスウェーデンには、澤野先生の言う“生涯学習による地域づくり”の多様なモデルがあるという。
「北欧には地域のなかの様々な学習サークルやフォルケホイスコーレという寄宿制の社会教育施設があり、公的資金の助成を受けていて、誰もがいつでも気軽に学びに参加できるシステムがあります。また、生涯学習支援では失業者の教育が重視されていますし、たとえば出産・育児に入ってフルタイムで働けなくなった女性が大学や大学院でキャリアアップをはかることも珍しくありません。これはイギリスやオーストラリア、ニュージーランドなどでもよくみられるスタイルで、学校が学びなおしの機関として機能しているわけです。」
北欧をはじめとするヨーロッパの生涯学習政策では、生涯学習の基礎を育む段階として幼児教育と初等教育が重視される傾向にあるそうだ。最近の澤野ゼミでは、卒業論文や大学院の修士論文に日本の「小1プロブレム」や学力向上政策との関連でフィンランドやスウェーデンの就学前教育や初等教育をテーマとする学生が多いという。グローバルな視野から、日本の教育現場の問題の解決策を探るという澤野先生の研究スタイルが、ゼミにも反映されているといえよう。
調査先で先生がインタビューを受けることも
(2009年9月、ラトビアにて)
教育学専攻のゼミは2年次からスタートするが、当初は半期ずつ指導教員を変え、多様な領域に触れながら文献の読み方や研究の進め方などを習得する。本格的な調べ学習は3・4年次に行われるが、澤野ゼミがここで重視しているのは、日本語と英語による文献の読解とともに、生涯学習にかかわる人々へのインタビューやケース・スタディを中心とするフィールドワーク。もちろんそこでは現場の教員や教育関連のNPO職員など、澤野先生が持つ多彩な“外交チャンネル”も大いに活用されている。
「原則として3年次は生涯学習を共通テーマに設定し、質的研究としてのフィールドワークの手法を身につけてもらいます。特にインタビューは相手との打ち解けた雰囲気づくり、臨床心理学で言うところの“ラポール”がとても大切で、一人ひとりのコミュニケーション能力を鍛えるにはとても有効なんです。卒論や修論の作成のために、外国でインタビュー調査を行う学生もいますが、どの言語でインタビューをするにしても必要なマナーとスキルを、まずは身につけてほしいと思います。」
4年次に取り組む卒業論文のテーマは多種多様で、フィンランド、スウェーデン、アメリカ、ドイツなどの教育事情、学力問題、キャリア教育、地域における子育て支援、外国語教育、特別支援教育、途上国への教育協力、日本のなかの国際化に対応した教育問題など今日的な問題に取り組む学生が多い。
「学生たちは『教育』というと具体的なスキルを身につけるものというイメージを持っていますし、まだ学校教育を受けている当事者ですから、『公的サービスとしての教育』を客観的に考察していくことはなかなか難しいと思います。でも教育の目的は本来、人間としての自分を完成させること。ものごとを幅広い視野からとらえ、誰もがよりよい教育を受けられる新しい仕組みを模索しながら、その経験を自分自身の成長につなげて欲しいですね」
仕事や自己実現のためのスキルアップは確かに重要だが、たとえば地域の退職者や高齢者との「教え、教わる」という関係からコミューニティーを築くことも、これからの時代には不可欠な“生涯学習政策”の一つなのだろう。学びの力は無限大だ。
「聖心は教員養成をしている大学なので私のゼミにも幼稚園や小学校の先生をめざす学生が入ってきます。また、企業や地域で教育に関わる仕事に携わる卒業生も多いです。私自身はそこで、実際の現場に出て教育のあり方を考えていく人材を育てるという教育者としての楽しみも感じています」