聖心女子大学の奥行きを知る
研究者として横顔をご紹介するとともに、研究の意義や楽しさを語ってもらいました。聖心女子大学の魅力をより深く知るために役立てていただきたいと願っています。
研究テーマ | : | 英語統語論・語彙論・意味論・語法研究 |
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著書 | : | 『オーレックス英和辞典』(共編)旺文社 『詳説レクシスプラネットボード―103人のネイティブに聞く生きた英文法・語法』 (共著)旺文社 Topics in Small Clauses (共著)くろしお出版 |
『なぜ日本人は日本語が話せるのか―「ことば学」20 話 』
著者:今井 邦彦
出版社: 大修館書店
読んで面白いことはもちろんですが、背後にはちゃんと言語学のベースがあって、すごく難しいことが本当にわかりやすく書かれています。こういう本はとても珍しいですし、英語の言語学を学んでいく上でも役に立つ、貴重な一冊になると思います。
グローバリズムの広がりもあって、社会人の間でも英語への関心が高まる昨今。また、大学や高校受験、特に私学の入試で大きなウェイトを占めることから、英語教育を重視する中学・高校が多いのも既知の事実だが、ビジネスやコミュニケーションのための英会話や進学のための受験英語は本来、「学問」というより「スキル」に近い。一方、大学で研究対象となる「言語としての英語」は全く別モノ、と指摘するのは英語英文学専攻の林龍次郎先生だ。
「最近は『使える英語が大切』という風潮が強くて、中には文法の勉強は不要とまで言い切る人もいますが、それは考え直して欲しいですね。たとえばコンピュータを上手に使いこなす人は運用技術だけでなく、コンピュータについてもよく知っている。スポーツや芸術も同じですね。“○○について”というのが非常に重要です」
確かに「ピアノを習う」と「ピアノについて学ぶ」は意味合いが全く違う。リテラシー(使いこなし術)の修得から学問の探究へ、まず意識を変えることが第一歩なのだ。
「言うまでもなく英語と日本語は全く異なる構造を持っていますが、生まれたばかりの赤ちゃんはどちらも、正確には世界に6000くらいある言語のどれでも獲得できると言われています。その根拠となるのが世界で最も影響力のある言語学者ノーム・チョムスキー氏(米)の唱えた『普遍文法』。ひとことで言えば最初から脳の中にある、しかも人間だけに備わったもので、私自身の最大の関心事でもありますね」
興味の原点は中学時代、初めて英語と出会った時の素朴な関心。日本語と違うところ、同じところに興味を抱き、そこに「なぜ?」という疑問を持つことが学問の始まりなら、一見、難しそうな言語学のハードルも決して高くはない。英語もコンピュータも「中身を知らなくても使えればいい」と思った時点でそれ以上の進歩はなくなる。“ワンランク上”のリテラシーを身につけるためにも、「英語について」学ぶことは有意義だろう。
先生が監修した辞典
『オーレックス 英和辞典 』旺文社
本格的なゼミ配属は3年次からだが、英語英文学科では2年次までに基礎的な英語力を徹底して鍛えるため、どの学生もゼミに入った時点で一定水準に達しているという林先生。研究自体は科学的なアプローチを重視している点がゼミの特徴だ。
「チョムスキーが『経験科学』と言うように、言語学の研究はまず事実をもとに仮説を立て、現実のデータに照らしながら評価する、まさに科学的な手法が中心になります。必要なのはやっぱり論理性。本来は読書を通して身につけるものですが、日本の小・中学校は読書で論理的思考力を育むという教育をしていません。いわゆる読書感想文ではなく、読んだ本の内容を自分なりに“論じること”が大切です」
英語の言語学というと日本語の存在を忘れがちだが、そもそも日本語を論理的に操れなければ異なる言語の構造を論じることはできない。もちろん、比較対象という観点からも日本語は重要なウェイトを占める。
「たとえば日本語では『〜と言っても過言ではない』という言い方がありますが、通常、『〜過言である』という使い方はしません。一方、英語にも“any”のように否定文や疑問文にのみ使われる単語があります。こうした否定極性表現を見て『なぜ?』と思うことが一つのきっかけになれば、それはそれで面白いと思いますね」
少し懸念されるのは近年、日本語ですら『通じればいい』という傾向があること。言葉に対するこだわりがなくなれば、言語学本来の面白さも薄れてしまう。
「私の専門は英語を対象とする言語学ですが、最終的には日本語にフィードバックしていく研究でもあると思っています。英語の言い回しから日本語の正しい使い方を身につけることも必要。ただ、言葉自体は時代によって変化していくものですから、一つの解釈に固執してはいけないとも思っています」
卒業論文は一人ひとりが興味のあるテーマを自由に選ぶのが原則で、特に言語学の理論と関連づける必要もないという林先生。それでも過去の卒論テーマには、否定文における “not”と“no”の相違や“give up”や“get down”のように“動詞+up,down”の表現、いわゆる“Verb-Particle Construction”など、英語を言語学的に研究したものも少なくない。英語であれ日本語であれ、大切なのは「言葉」に対するこだわり。その意味では、近年の日本語ブーム、漢字ブームを反映した言葉への関心の高まりは悪くない傾向だが、 「関心の持ち方が○×式といいますか、正誤だけで終わってしまうのはもったいない。答えを聞いて『へぇ〜』で終わらず、どうして正しいのか、どうして間違いなのか、もう一歩の踏み込みがあれば、学問として取り組む価値が生まれます。“入り口”としてはもちろん良いと思いますが、言語だけでなく歴史でも法律でも大学の勉強が“クイズ”で終わるのはまずいですね(笑)」
そんな林先生自身が今、最も関心を寄せているテーマは“day after day”のように「名詞+前置詞+名詞」の構造を持つ熟語が副詞的な使い方だけでなくも名詞的に用いられることの解明。ひとことで言えば「二つの用法の“なぜ?”」が出発点だ。
「私が取り組んでいるテーマも、学生たちが卒業論文で取り上げるテーマも、もともとの原点は中学・高校の英語の授業で見聞きしたものだったりします。たとえば『過去完了形』などは英語の授業で初めて知った概念だと思いますが、考えてみれば日本語でもそういう状況はあるわけで、充分に一つの研究テーマになり得ます」
高校生の皆さんへのメッセージは「辞書を引きましょう」。
「最近はネットで調べたりする人も多いでしょうが、やっぱり活字の辞書を使って欲しいですね。最近の辞書はコラム的な読み物も盛り沢山ですし、非常にすぐれた情報源として活用すべきだと思います」
英和辞典の編纂にも携わっている林先生らしいひとことだ。