聖心女子大学の奥行きを知る
研究者として横顔をご紹介するとともに、研究の意義や楽しさを語ってもらいました。聖心女子大学の魅力をより深く知るために役立てていただきたいと願っています。
研究テーマ | : | 働くことにおけるジェンダー格差、女性とキャリア形成 |
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芦ノ湖西岸遊歩道
山歩きや散策が好きで、休みには上高地や北アルプスに出かけたりするんですが、基本は「疲れない山歩き」。この芦ノ湖西岸遊歩道は山深いけれど平坦で、とても気持ちの良い散策コースとしてオススメします。
社会福祉を勉強していた学生時代から「技術を身につけて将来、ずっと続けられる仕事がしたい」と考えていたという大槻奈巳先生。大学卒業後は当時、パソコンの急速な普及と男女雇用機会均等法の施行を背景に、大手電機メーカーへ総合職として入社した。
「毎日夜10時ごろまで残業していました。でも結局、夫の海外赴任に同行するために3年目に結婚退社し、アメリカへ渡りました」
海外での生活は5年間、いわゆる専業主婦だったが、いずれは再就職するつもりだったという大槻先生。カルチャーセンターでステンドグラスを作ったり、ボランティアをしたり、アクティブに活動する中でコミュニティ・カレッジという存在を知る。
「主婦でも安く勉強できる市民講座のようなものですが、そこで初めて社会学のクラスに入り、『これだ!』と思ったんです。結婚して主婦という立場に疑問を思ったり、アメリカ社会の日本人として疲れていたことが社会学ならすっきり整理できる、という感覚でしたね」
本格的に社会学を学ぼうと考えた大槻先生は、社会学の科目が少ないコミュニティ・カレッジから州立大学への進学を決意。再入学したアメリカの大学で社会学を学び、帰国後も「もう少し社会学を学びたい」という思いから大学院へ進学。最終的には博士後期課程の修了まで、どっぷりと研究生活に浸ったという。
「大学で社会福祉を勉強している時も社会的なシステムに関心があって、卒業論文でも高齢者施設や老人ホームの民間委託の是非を関係者にインタビューして分析するなど、今思えば社会学的なアプローチをしていました。世の中に存在している目に見えない“社会的な力”を客観的にとらえながら、社会(集団)の中の自分や他者との関係を見つめ直すことができる。それが社会学の魅力。ひとことで言えば、さまざまな社会問題を考えるためのとても大事な道具なんです」
先生が作ったステンドグラス作品
自らの専門を「職業社会学」、ゼミテーマを「労働とジェンダー」と語る大槻先生が、大学院時代に取り組んだテーマは男性と女性で違う「仕事のあり方」。いわゆる性差別やジェンダーへの問題意識は時として理想論や観念論に陥ることも少なくないが、大槻先生自身の視点はより現実的である意味、とても戦略的だ。
「私自身、常に再就職したい、状況を変えたいと思っていましたし、誰しもある時点で自分を『こうありたい』と思う方向へ持っていく力が必要になります。私は“切り拓く力”と呼んでいますが、これがあれば自分の望む方向に自分の状況を変えることができます。そして、精神的かつ経済的に自立することもできます。親とか夫とか、誰かにくっついていないと生きていけないような、人生においてそういう力関係が生まれないようにしてもらいたいんです」
特に自らが指導する若い女性たちには「経済的な自立」をすすめる大槻先生。人間関係専攻では統計学や社会調査実習をカリキュラムに組み込んで社会調査士の資格取得を可能にしているが、統計やデータ処理という理系的な側面に社会調査の理論と方法論が加われば大きなアピールポイントになる。大学のキャリアセンター長を兼任し、大学祭では毎年、卒業生をよんでパネル・ディスカッションなどを企画している大槻先生らしい発想だ。
「大切なのは自分の力を“見える形”にすること。それは資格の取得だけに限った話ではありません。職業社会学は労働者の働き方、組織や雇用のあり方、それを取り巻く社会システムなどをトータルに研究する分野ですから、自分の生き方を考える上でも参考になると思いますよ」
総合職としての就職やアメリカの大学への再入学、そして博士課程進学とアカデミックポスト(大学教員・研究者)。キャリア志向と社会参加への強い意欲を感じる一方で、結婚・退職・専業主婦という“フツーの女性”らしい生き方も経験してきた大槻先生。若い女子学生たちにとっては、そのライフスタイル自体が考える素材になりそうだ。
3年次からスタートするゼミナールは文献研究とディスカッションを中心に進めるが、4年次の卒業論文制作ではデータ収集も重視。テーマは自由で、一人ひとりの興味・関心に沿ったものを選ぶ。2008年度の学生テーマは、男性の育児休業中や家庭内における夫婦の役割、企業の育児支援、女子大生とメディアリテラシー、市場開放下の中国における男女の労働格差などジェンダーに関するものはもちろん、派遣社員という働き方、正社員の転職理由、起業家の起業要因と成功要因など、労働環境やビジネス全般に及ぶ幅広い問題意識が見て取れる。
「日頃、よく口にするのは『ピヨピヨするな』ですね(笑)。つまり、巣の中で口を開けて親が運んでくれるエサを待つだけのヒナドリになるなということ。大切なのは自分から必要なものを取りに行く積極性です」
研究テーマも学生の指導も「自ら切り拓く」を重要なキーワードと位置づける大槻先生。教え子であり、後輩である若い女性たちへのメッセージはストレートだ。
「自分と自分を取り巻く社会との関係を見つめ直し、たとえば地域や会社など、さまざまな集団・組織の中で自分はどういう貢献ができるのかを考えてもらいたいですね。自分が何をしたいではなく、どんな貢献ができるかを考えることは大切です。社会と人間の関係を観察・分析し、“解き方”を編み出していく。それが社会学の基本な考え方ですし、何より、今ある社会をよりよいものに自分たちで変えていかなくてはいけない。大学は本来、社会変革を担う人間を育てる場ですから」
やや受け身になりつつある学生たちに若干の心配を感じながらも、その基本理念にブレはない。
「自分をつくるのも変えるのも自分自身。とりあえず私は『自分を変えていく気持ちを持たなくてはだめ』と言い続けます」