聖心女子大学の奥行きを知る
研究者として横顔をご紹介するとともに、研究の意義や楽しさを語ってもらいました。聖心女子大学の魅力をより深く知るために役立てていただきたいと願っています。
研究テーマ | : | 日本語教育学 |
---|---|---|
著書・論文 | : | 『日本語数量詞の諸相』くろしお出版、『「やさしい日本語」は何を目指すか:多文化共生社会を実現するために』(共著)ココ出版、『日本語教育学の歩き方―初学者のための研究ガイド』(共著)大阪大学出版会 |
『表現を味わうための日本語文法』
作者:森山卓郎
出版社:岩波書店
『閉ざされた言語・日本語の世界』
作者:鈴木孝夫
出版社:新潮選書
『外国語学習に成功する人、しない人』
作者:白井恭弘
出版社:岩波書店
『表現を味わうための日本語文法』は、文学作品を日本語の文法で分析している本です。たとえば宮沢賢治の『注文の多い料理店』の中で、「すぐ食べられます」という表現が出てきますが、二つの意味をもつ「られる」を考える格好の材料です。『閉ざされた言語・日本語の世界』は、日本人は外国人が日本語を話せないと思いこんでいるといった、日本人の思考に気づかされる本。『外国語学習に成功する人・しない人』は、第二言語習得理論がよくまとめられており、ぜひ学生に読んでほしいと思っています。
日本語教育学が専門の岩田先生は、日本語教員として長年にわたり外国人に日本語を教えてきた。自らを文法オタクだという先生は、私たちは母語であるがゆえに日本語のことをまったく知らないという。「日本語教員になって、『〜ために』と『〜ように』の区別を知ったとき、文法の面白さに気づき、それ以来、文法が大好きになりました。実際、私たちが普段無意識に使い分けている文法に対して、外国人の生徒から発せられる質問に、ほとんどの人は即答できないのが現実です。」先生が例として出された「〜ために」と「〜ように」は、機能としては目的を表す同じ文法であるが、前にくる動詞によって使い分けられているという。
トリュフを食べるために、フランスに行く。
納豆が食べられるように、訓練する。 可能
猫が食べないように、注意して干物を干す。 否定
このように、動作動詞をそのままの形で使う場合は「〜ために」を使い、可能や否定の場合は「〜ように」を使う、という風に両者は使い分けられている。私たちは、そうした細かなルールを習ったわけでもないのに、きちんと区別して使うことができる。それが母語話者ということなのだ。
日本在住外国人にとって伝達効率が高い「ひらがな」を有効利用している。他に、ローマ字、ハングル、中国語も併記されている。スペースの問題もあり、こういう表示を増やしていくのは難しい。
現在、文法の研究とともに岩田先生が力を入れて取り組んでいるのが、公的文書の表現と街中の看板や標識の表示の仕方についてだ。自治体が出しているお知らせの中には、日本人である私たちが読んでも分かりにくいものがある。以下は、とある都市の教員採用候補者選考試験の公示文である。
採用候補者名簿の有効期間は、最終合格決定の日から1年間です。なお、現に試験区分(教科)に該当する免許を有する方を除いて、平成27年3月31日までに当該免許を取得できなかった方は、採用候補者名簿から削除され、採用資格を失います。
次の東京オリンピックに向けて、上のローマ字表記から、下の英語表記に変えられている。呼び名として通用している固有名詞を英訳しても意味がない。訳の英単語も難解!
日本語の表記とピクトグラム(車椅子のイラスト)が表しているものが一致していない。
「27年4月1日の段階で試験区分(教科)に該当する免許を有する方だけに資格があります」と言えば少しはわかりやすくなるのではないか。「最近、自治体職員さん向けの研修で、日本語をどうやったら分かりやすく伝えることができるのかといった講演をすることが増えてきました。今、横浜市と共同で文書作成のマニュアルを作っているところです。まずは、同市の発行する文書を読みやすくするということに取り組んでいます。」
また、年々増加する外国人観光客や外国人住民に対して、街中の看板や表示物がその機能を果たしているかどうかについても研究を重ねている。「日本では、英語表記を入れたら大丈夫と考えているケースが多く固有名詞を英訳しているひどい例もあります。世界人口で考えても、英語がわかる人は70億人中、母語話者が(第二言語としての英語話者を加えても)5〜10億人くらい。これに15億から20億人くらいと言われる学習者を加えても、半分にも届きません(ブリティッシュカウンシルの報告を元にしている)。ましてや、日本への観光客でいえば、アジアからの人が60%以上を占めているのです。例えば、駅を探している人にとって、「Sta.」という表記が通じるのかどうかしっかり調査する必要があります。」
「看板の中には、差別的な表現が含まれることもあります。普段目にする看板は多くてもハングル文字と中国の簡体字、ローマ字、平仮名の4つの表記であるのに対し、『警察官立寄所』『防犯カメラがあります』などといった防犯系の表示にだけ、ポルトガル語やペルシャ語などが追記されているのです。あきらかに人種を意識した差別だと思います。自分たちに置き換えて考えたら嫌な気持ちになりませんか。」先生の授業では、「外国人の立場になって考えよう」を念頭に置き、希望する学生を引き連れて自治体が行っている日本語教室にも出向いている。
警察官立寄所には、日本の標識ではあまり見られないポルトガル語やペルシャ語がある。ブラジル人やイラン人を意識しているのではないか。
「違った立場でものを見るのに、日本語教育は一番適していると私は考えています。今まで何気なく使っていた日本語をあらためて見直してみることで、他の文化との違いや考え方の違いなど、さまざまなことが見えてきます。私のゼミの学生は、それぞれに興味あるテーマで、フィールドワークをしたり、実験やデータ分析などを行っています。これから学ぶ方々にも、日本語は面白いということに気付いてほしいですね。」2020年の東京オリンピックを控えて、日本中の看板が今、書き換えられている。これまでと違った視点で街中を見渡してみるのもいいだろう。